友雅が一人で王宮から出ることは滅多にない。
昔はそれなりに自由を与えられていた。しかし、上級巫女を護る者となった今は行動を制限されている。
側近として国王に付き添う場合は例外だが、外部への視察なども含めて殆どの時間を彼女と共にしている。
そんな彼に、今回例外の指令が下された。

「明後日、日帰りだけど君の育った町に行ってくるよ」
「え、水晶の町にですか?」
あかねは両親を亡くしたあと、叔父母の住む水晶の町へ引っ越して来た。
彼らの世話になりながら普通の生活を営んでいた彼女は、次期上級巫女として見出され王宮へ。
そして今、彼女は一人前の上級巫女となった。
上級巫女は素性を知られてはならないため、街に出る場合は必ず偽名と身分を偽る。
更に身内との接触も禁じられ、知人や顔見知りの多い故郷や所縁のある地域には近づけない。
もちろんあかねも、あれ以来町には帰っていないし叔父母とは会っていない。
「町に何か問題が起きたんですか?」
「いや、そうではないよ。正確には町を経由するだけでね」
水晶の町と隣接するいくつかの村に合併の申請が出ていたので、国王からの許可証を各村に届けに行く。
その行き来に、水晶の町を通過しなくてはならないだけだ。

しかし、経由とはいってもせっかくの機会。
「あの…叔父さんの家に立ち寄る時間って、ないです…かね?」
あかねの表情を、友雅は早くから察知していた。
「手紙でも書くかい?それなら手渡してきても良いが」
「良いんですか?お仕事の時間を邪魔したりしません?」
「仕事の方を簡潔にまとめて、そちらに時間を割けるようにするよ」
用事は必要最低限かつ丁寧に済ませて、うまく時間配分をコントロールする。
王の側近としてあるまじき感情だが、仕事よりも彼女の頼みの方が友雅にとっては重要度が高い。
「明日までに書いておいてくれるかい。責任持って届けるよ」
「ありがとうございます!」
ほら、その笑顔。
こんな清らかな笑顔を向けられたら、最優先せざるを得なくなる。


+++++


この地方の集落では、割と開けた方ではある水晶の町。
人口密度はさほど高くない。程々の賑わいが過ごしやすい。
何となく懐かしいな。
友雅は、ふとそんな感情が浮かんだ。
水晶などを使った宝飾職人が多い、庶民的な町並みの中を記憶頼りに歩く。
初めてこの町に来たときは、もう少し西の中心地にいた。
インスピレーションに誘われて、彼女がいる場所を彷徨って------出会った。
まだ15歳くらいだったか。
幼さの残る少女だったけれど、瞳の輝きと笑顔の清々しさで間違いないと思った。
数年後、自分にとってかけがえのない女性になるとは考えもしなかったけれど。

「変わってないな」
街角の工房で足を止めた友雅は、表札を確認する。
身寄りのないあかねを引き取って、娘同然に慈しみ育てた叔父母の住む工房兼住居。
寂れた雰囲気は一切なく、今も活気が中から感じられる。
最後にここへ来たのは、現皇太子妃の前上級巫女と国王の書簡を届けるため。
あかねを王宮へ上げる旨の直筆文を、叔父母に手渡す役目を担っての訪問だった。
今回は、彼女からの書簡を手に玄関の前に立つ。
「はいはい、どちら様…まあ、友雅様!」
ドアを開けた叔母は、外に立っていた彼の姿を見て慌てて主人の名を呼んだ。
すぐに叔父も玄関に駆け付け、深々と友雅に頭を下げる。
この界隈では腕利きの職人だというのに、腰の低い穏やかな性格の夫婦である。
あかねの性格は、そんな二人の愛情で育まれたのだろう。
「今回は急な来訪になり、申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことは。こちらこそいつもあかねがお世話になって」
簡素な応接間に通されて、叔母は奥でお茶の用意を始める。
少し埃っぽいがそこが職人の作業場らしく、工具は整理されて掃除も行き届き清潔だ。
「残念ながらあまりゆっくりは出来ないのです。彼女が帰りを待っておりますし」
「ああ、そうですな。ええホントに」
二人は友雅の言葉に、顔を見合わせてにこやかに笑う。
そして、叔父にあかねからの書簡を手渡した。
「彼女からの手紙です。是非届けて欲しいと」
薄い桜色の封書を、愛しげに優しく受け取る。
その仕草で、彼らの想いが友雅にはよく分かった。
「ありがとうございます。では、私どもの手紙も預かって頂けますでしょうか」
「ええ、喜んで伝書鳩になりますよ」
友雅が答えると、叔父は奥から持ち出した紙袋に叔母の封書を入れて差し出した。


日帰りではあるが、王宮に着いたときには星空が広がっていた、
彼女が出迎えてくれるかと思いきや、門を開けてくれたのは夜警当番の頼久だった。
「お帰りなさいませ。あかね殿は只今夕食を摂られております」
「では、私も食事に向かおうかな」
だがその前に、本来の仕事の〆として王に謁見しなくては。
各村の長から預かった書状と申請書の返事等を、手渡すまでが今回の仕事である。
「陛下は謁見室でお待ちです」
荷物はお預かりしますので、という言葉に甘えて、友雅は荷物と上着を彼に渡した。
諸々の書類と、あかねの叔父母から預かったものだけは手元に残して。

デザートも食べ終えてハーブティーで一息をついていた頃、メイドたちのざわつく声がしたので椅子から立ち上がった。
振り向くとそこには、既に私服に着替えた友雅の姿がある。
その日のうちに帰って来たのに、もう何日も会っていなかったような気持ち。
こんなに依存してては困るなあと思いながらも、お互いに同じ気持ちだから仕方ない。
「おかえりなさい友雅さん。ゆっくり食事してくださいね」
「じゃああかね殿、終わるまでそばにいてくれるかい」
彼女の食事は終わっていたけれど、お茶のお伴になる軽めのスイーツをメイドに頼む。
暖かい魚介のリゾットに、彼女にはメレンゲのクッキー。
隣り合わせに座って、一日の出来事を話しながら時間を過ごす。
でも、プライベートに関わる会話は、二人きりになってから。




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