新しい年明けが、もうすぐそこまで来ている。
京の町は今年も賑やか。すっかり定着した年越し祭りの支度で、慌ただしさと楽しさが入り交じっている。
「こんにちはー。お野菜持ってきましたわー」
「おやおやこんなにいっぱい。みんなでありがとうねえ」
千歳は籠にいっぱいの葉野菜を、文紀は山のような芋類を、一番幼いまゆきも袋にいっぱいの木の実を詰めてやってきた。
橘家が持つ荘園は些細な規模だが、それでも天候が安定しているおかげで十分の収穫。
更に藤原家と土御門家からの援助もあり、溢れるような食材が集まりつつある。
「たくさんあるから、半分はお社様にお分けしようか」
「じゃあ僕らが持って行きます」
「そうかい?ならうちの旦那を連れておいき」
ちょっとー!と大きな声で裏に居る夫を呼ぶと、籠を背負った男が子どもたちの前にやってきた。
彼は籠を皆の前に下ろすと、荷物を中に入れるように言った。
「重いもの持たせるのは可哀想だからな。分けて持って行こうな」
「ありがとうございますー!」
小さなまゆきの大きな声が、何とも愛らしくて忙しさの疲れも忘れさせる。
外に出るとさすがに北風が寒い。
何枚も羽織って着膨れしてるのに、それでも冬の外気は神経がピンと引き締まる。
「おじさま寒そう。私の衣お貸ししますわ」
言うが早いか、千歳は首に巻いていた衣を外して男に差し出そうとする。
しかし、こんな子どもから暖を奪うなど、それが厚意であったとしても出来やしない。
「大丈夫だよ、俺らは丈夫に出来てるから平気だ。ありがとうな」
男は無骨な手で、もう一度衣を千歳の首に巻いてやった。

神社に着くと、こちらも慌ただしく宮司たちが支度に勤しんでいた。
皆の姿を見つけた一人が立ち上がると、全員が揃って足早にやってきた。
「寒い中わざわざご足労でございました」
「いやあ食材が多かったもんだから。ふるまいの足しにしてください」
「ありがとうございます、大変助かります」
今年の年越し祭りは日付が変わったら神社に参拝までは例年通りだが、訪れた者には境内で作った羹を振る舞う予定とのこと。
一層冷え込む深夜に訪れる者へ何か暖かいものをと、宮司の提案で決まったらしい。
「夜遅いですから、皆様はご無理をせず昼間にお越し下さって構いませんからね」
「年の初めのご挨拶ですもの、頑張って参りますわ」
子どもたちは元気いっぱい。
一年の最後の瞬間までも、残すことなく楽しみを味わう気満々のようだ。


屋敷に戻ると、丁度友雅が出仕の用意を済ませたところだった。
左近衛府大将という立場上、年末年始は宮中から離れるわけにはいかない。
普段通りの警備に加え、この時期は祭祀が目白押しであるため多忙を極める。
よって、自宅で家族とゆっくり年を越すなど夢のまた夢だ。
始めの頃は父の居ない年明けを寂しく思っていた子どもたちも、今は父に与えられている役目をちゃんと理解している。
「良かった、顔を見ないで出掛けたくなかったからね」
「今年最後のお仕事ですのね。お身体に気をつけて頑張ってくださいませ」
「千歳も文紀もまゆきもね。今年一年健やかに過ごしてくれて何より嬉しいよ。新しい年もまた楽しく過ごしておくれ。父様からのお願いだ」
一人一人丁寧に時間を掛け、友雅は子どもたちを抱きしめる。
小さくても大きな存在のその命の暖かさを、刻み込むようにしっかりと強く。
「友雅さん、これ用意出来ましたよ」
あかねと祥穂が揃って大きな包みを手にしてやって来た。
白と赤の布で二重に包んだ箱には、あかねや千歳たちが作った料理がぎっしり詰まっている。
どれも手軽に食べられるものばかりで、仕事の合間に味わえるように工夫した。
敢えて大きめの箱二つにしたのは、友雅だけでなく部下の者たちも口にできる量にしたから。
彼と同じく、寒さの中で勤めをこなす人々への心ばかりの差し入れ。
「母様、あれ忘れずに入れて下さった?」
「ちゃんと確認したから大丈夫」
よかった、と千歳たちは安心した表情を見せ、すぐに今度は友雅の顔を見る。
彼女たちの口が開くよりも前に、彼は察してこちらから答えた。
「忘れていないよ、ここに入っているから」
と、自分の懐から淡い桜色の紙と藤色の紙をちらりと見せた。
子どもたちと約束した、大切なもの。これを彼の人へ届けるのが自分の役目。
年の終わりと年の初めに、心を込めてあの人へ。


+++++


「今年も市井の者は祭りで年越しか。さぞかし楽しいであろうなあ」
祭祀の合間に友雅から話を聞きながら、帝は町中の風景を思い描く。
京の安寧とは民の幸せであり、彼らが笑顔で過ごせること。
もちろんすべてがそうとはいかないだろうが、少しでも辛い物事が減ればと願う。
帝である自分が行う祭祀の殆どは、こんな意味が込められている。
いつかこの願いが、維持だけで済む日が来るように今年も天に祈る。
「ところで主上、実は預かりものがございまして」
「どうした改まって。何かあるのか」
友雅はしばし勿体ぶった様子を見せていたが、ようやく袖から桜色の紙を取り出した。
きらきらした箔の混ざる紙は、彼の子どもたちに贈った中にあった気がする。
「子どもたちからのささやかな文ですが、受け取っては頂けませんでしょうか」
「そのようなもの、我が受け取らぬわけがなかろう」
言われなくても分かっている。
赤子の頃から我が子同然に愛情を注いでくれている帝が、子どもたちの声に耳を傾けないはずがない。
片側を開いて友雅は差し出す。
それを受け取った帝は、中にある一枚の紙の表面を見た。
「ほうこれは…」
おそらく桜の花びらだろう。色が綺麗に残ったそれらを、厚紙いっぱいに散らすように貼られている。
まるでこの紙の中だけに、桜吹雪が舞っているかのような。
「我が家の庭にある桜の花びらを集めて、子どもたちが貼り合わせました」
「そうか、美しいな。春を眺めているかのようだ」

そしてよく見てみると、余白にみっつの漢字が書かれていた。
ひとつは"幸"、ひとつは"永"、そしてちょっと幼い字の"礼"。
「主上に是非お伝えしたい言葉を認めたそうです」
我々と京のすべてに力を注いで下さっている主上へ心からの御"礼"と、"永"遠の"幸"せを祈ります、とのこと。
「ふふ、そうかそうか…」
たった一枚の紙に詰まった思いは深く重く、そして尊い。
幼いからこそ素直な彼らの気持ちが、自分に贈られている。なんと幸せなことだろう。
「年始の挨拶に文を書いておりましたら、自分たちも書きたいと言いまして」
主上以外に藤姫の文も預かり、さきほど手渡して来た所だ。
他に、町中で世話になっている者たちにも、簡単な挨拶の紙を手渡し回っていた。
「もらった者たちは皆幸せになれるだろうな。私もこれを守り札にしよう」


感謝というものを伝える方法は、簡単なようで難しい。
だから忘れてはならない。その人が自分にとって、どんなに大切な人であるかを。
あなたがいることで得られる幸せに、心からの感謝を。


新しい年も一緒に、幸せでいられますように。